ロマンチック&ハプニング

30歳で生まれ変わる本

ファションイラストレーションの本なんかあるかな〜と探しにいったブックオフで見つけました。古本特有な人の家の匂いもあまりしないすごい状態だったので、もうすぐ30歳というタイミングで出会ったので買うことにしました。
30歳で生まれ変わる本

安井かずみさんはこの本で知りました。
この本は50歳の時に書かれた本のようで
ご自身の歩んできた道のりを振り返りながら、三十代の女の生き方がつづられています。

本物の女の人になるための知恵がちりばめられていて、
文書からにじみ出るインテリジェンスかつフレンチスタイルな雰囲気がかっこいいです。

1990年初版の本ですが、内容は2017年のいま読んでも全然古いってことがありません。いま読んだからこそ本物の女(ひと)になるということは普遍なものであることを教えてもらいました。

本物の大人の女になるための、ライフスタイル指南本で
ファッション、美容、仕事、お金、料理、インテリア、遊び方、考え方、恋愛結婚、旅の仕方、そして大事な愛のことが書かれています。どれも全部真似したい!
最近ちまたに溢れる内容の30歳の心構え的な自己啓発本とは一味違う

その時代をちゃんと生きた女性のスタイルとアドバイスに勇気づけられました。

「女」として三十代というのは自分の自由時間が気兼ねなく持てる最後の年代として、本物になるために自分を識り、愛して、学び、自分のスタンダードを持つことが大事であると教えてくれました。
女をあげるためにいい男を真剣に愛し愛し合うことも重要だと繰り返し書かれていて、安井かずみさんにとって男を愛するということは人生において不可欠なことであったことがよくわかります。
きっと死ぬまで愛し続け、鮮やかな人生を歩んでいった方だったんだろうなぁ。
20代〜30代前半の女性にお勧めしたいです。
これからどう歩むかのエッセンスを得ることができました。
私のお気に入りのエピソードをまとめておきます。

読んでいて中で印象的なところや、気に入っている部分のご紹介!
というより私の為に、読み返したいところをまとめておきます。

引用元 すべて 著者:安井かずみ (1990)
30歳で生まれ変わる本 本当の大人にあるために

三十代の旅の仕方について
三十代でしかできないのは世界エスニック地方旅行であり、未知なる新世界、それも人工的ではなく、なるべく地球のありのままの姿を留めている所へ旅をするべきである。
パリやニューヨークなどの街は二十代の感受性豊かな時期にいくべき地、もしくはおばあさんになったらいくらでも行けるので、体力のある三十代にいくべき場所はエスニック旅行、しかもひとりか男と2人旅に限るそう。
自分の旅の参考に秋に地方旅行したいとおもいます。
自分を誤魔化さない
三十代ですべきことは、自分自身ととことん向き合い、自己確立に向かう努力である。裸の自分を識る。目先のことにふり回されない。
自分から逃げない、自分をあやふやに扱わない、 甘やかさない、自分を誤魔化さないことである。
この時期、自分を誤魔化してきた女(ひと)は、四十代の顔がボケる。ピンボケの四十代を過ごす羽目になること受けあいである。
自分の人生を信じる
自分を信じる、自分の人生を信じる・・・・ということは呪文のようなものである。まあしかし、信じるためにはある努力、段取りが必要である。
まず真実、ありのままの本当の自分を識り、その自分を認めること。
認める・・・といっても許すことでは決してない。現在ある自分を高めようと、愛おしく自分を見つめることである。
一切の甘えを省いて、自力で、自分を成長させようと、自分を好きになることである。

〜省略〜

今、この時、自分が選んで、決断して、歩んでいかなければならない人生が目の前にあるのだから
しかし現代は女も決断しなければならない時代である。それは自立したのであれば当然の行為でもある。
ふにゃふにゃ、なよなよ恥ずかしげに体をよじっている場合でない。
なにが 自分にとって大切か、必要か、プライオリテーをもって、ぴたっぴたっと選択決断していく訓練が要る。
決断は一度してしまえば、あとは決断癖がつくという習慣の問題である。
白か黒か、YESかNOか、取るか捨てるか・・・どちらでもないことは無いのである。
そして、あれもこれも欲張るのは人生のルール違反である。これを選んだら、あれは捨てる・・・。選択とは一つ選んだら、他のすべては振り向かない、潔さのことである。
くだらないことに気を散らさずに。ちまちましたゴミのような情報に振り回されずに。

たとえば仕事、これと決断したら、石にかじりついてでも十年やってみる、それが結果的に間違いの決断であったとしても、自分でした決断である、責任負って、悔いはない。
あちゃらこちゃらトラヴァーユして、結局自分が何だか解らなくなるより、自分の決断のもとにびっしり十年やってみて、ダメだった方が学びも多いし、それはそれで一つの人生になる。

〜省略〜

決断は自分を信じることである。その男との愛が自分を高める、そしてお互い成長し合える関係だと思ったら、もう迷わないこと。あちこち見回して、自分の決断が正しかったかどうかなど気にする必要はまったくない。
自分の決断を信じて、つき進むしかない。
その一途さに人生は微笑んでくれるのである。
自分の座標軸を求める
自分のありのままの姿とは、十代、二十代とこれまでやってきた人生の集大成であり、付けでもある。
といって慌てたり、がっかりすることはないのだ。そのありのままの現在が自分の大人へのスタートであり、結果ではないのだから。
〜省略〜
ひとは誰しも、自分の存在の役割を振り当てられているのだ。或る人は子育て、或る人は医学、或る人は音楽等々、その自分の人生の役割をリアリティーに基づいて、しかっり見つけだすことも三十代から大人への道である。
安井さんは作詞、書くことにベストを尽くしながらもこれだけでは自分の人生が大した人生でないと考えていて、女の役割、男の良きパートナーとしての役割が一番好きな役だとあります。
自由であること
自由人であることは人一倍、人の数倍のエネルギーと活力が必要なことで、
自由であることは、常に危険と汗と血と涙に晒されている必死な生き方であること、
膨大な辛苦と努力を支払うことであること。
私の言う自由とは自由気まま、自分勝手という類のものではない。自分のこれまでの体験と世界からのリフェレンスを持ちながら、自分の前向きな考えを人生に反映させて、この社会の中で、大いに自由に生きることでる。
住まいに興味をもつ
いつ、ひょんなことで、男を呼ぶかもしれないと、私は自宅に花、それもひと抱えもある大量の生花を切らしたことがなかった。

命あるものがそこにないと、完璧なるアルフレックス・インテリアもただのショー・ルームになってしまう。私はそのことに怯えた。だから常に誰か、生身の人言に憧れていた。勿論、それが男であることが望ましい。
自分の好みの世界は、自分の好みの住まいに成立する。

自分なりの住まい、及びインテリアに興味を持つのが三十代の女性の必然であり。そうでなければ身の置き場がないのである。そうでなければ自立、そして大人への道は辿れないのである。
女が女であるために
女年代期でゆくと十代は夢をみて、二十代は自由奔放し、三十代はセクシーで、四十代はインテリジェントで、五十代はスポーティで、六十代はエレガントで、七十代はヘルシーで八十代の存在はご立派・・・という大まかな女の一生スタイル像である。といわけで、三十代こそ、女はセクシーでなければならない。
たまにでてくる日本の古くからある考えについての国際人らしい指摘は痛快です。
日本の多くの男たちは、若さイコールバカさかもしれないのに、そちらをよしとする低次元の御人が一般的であるのには参るのである。だから、三十代の女たちは、こちらからアプローチ上手にならなければならない。
三十代は、まだまだ若々しく、美しい年代である、それは自分の人生を前向きに努力して、希望してゆく年代ともいえる。
本当の大人になるスタート地点にいる人々・・・。

だからじぶんの年齢的意識過剰や、世間の目や御託に惑わされずにビューティフルに生きよう。そして妙に老けないで・・・。ここはひとつ、女としてもクオリティー向上のため、自分をこつこつと磨く時期としよう。
私の考える大人の女とは、優しく、美しい喜びと哀しみを識って、人生を味わう女(ひと)のことである。
引用が多くなってしまいましたが、
30歳。かなりタイムリーに気になっていたことや、不安に思っていることへの参考になることばかりでした。
無駄にあせったり、いらいらしたりしていましたが、
穏やかに幸せな時間を誕生日に過ごすことができました。
今の自分を識り、受け入れ大人として、ひとりの女として、
自分のやれることにはベストを尽くして自由な人生を絶対手にいれると新月に誓いました。

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